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2007年8月 7日 (火)

最後に見た空

20070806172111  年金問題は社保庁問題である、という政府・マスコミ(=コイ・アベ・オタ)の主張はデタラメである。国鉄民営化の時も国鉄労働者の所為にされたが、百年安心プランなどとデタラメを弄して、人間らしい労働を叩き潰す政権党こそ、国民生活を破壊するものです。参院選では国民の怒りが爆発しました(大阪では不発で遅れをとる)。さらに、コイズミを引き釣り出して引導を渡す課題が残っています。働くこと(労働)がこれほど蔑ろにされている時代はない。勤勉性が得意の国民性が喪失され、意味もない観念論が幅を利かす有様を覆されなければならない。「稼ぐに勝る貧乏なし」が逆転し、物品のみではなく、人生までもが消費される有様もまた、問題にしなければならない。働くこと(働く者)の所為にされて、生きにくい世の中になっています。

 八月の 慰霊の前に 座り居る

 核論者の眉 八の字のまま

 長い間、ブログを見ていただいた皆様に感謝申し上げます。ご多幸をお祈り申し上げます。いつの日か。大阪で最後に見た空は・・・。

 どんど晴れぃ。

 

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2007年8月 5日 (日)

花火とは?

000_0441  淀川花火大会を息子と二人で見物しました。息子は、余りにもの人混みで、「もう来たくない」と失望していました。確かに花火は感動ですが、同感の足取りでした。不毛だな、と思います。本当の怖ろしさとは、不毛を不毛とも思わない感性が世界を覆っていることです。つまらない訳知りの物言いが多い中、不快感を覚えながら突き進むのは並大抵の精神では如何ともし難い思いもあります。売りたくもない本を率先して売っていたことも多々ありました。しかし、ただ単に悲観している訳ではないことを念のため申し上げたいと思います。このブログも、あと一・二回で終了します。最後に、このことを指摘したいと思います。長い間の閲覧を感謝いたします。人生において別れは付きものですが、しばし沈潜したいと思っております(「隠れて生きよ」(スピノザ))。政治や思想界では、「混迷と沈滞」を深めておりますが、これはこれとして意義あることと思います。さまざまに見聞したことを別の機会に活用できることを願っております。ブログでは1%も表現できませんでしたが、上辺だけに慰撫されないことを願っております。書店業界についての戦術的な事柄は、メールしてくださればお答えいたします(戦略的なことは大概応えました)。そして、これから・・・。

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2007年8月 3日 (金)

第三の道

20070801171959  ご馳走さまでした。京都・祇園の某有名茶寮で、嫁はんと二人で(内緒)、小豆ののった抹茶かき氷を食べました。ぺろり。でも、かき氷だったら、暑い中をガシャガシャっと食べたくもあります。

 書店論その46。阪急京都線(学生が比較的多い)に乗ってみても、読書しているのは専門雑誌を開いている者一人、英語辞書を暗記している苦学生(久しぶりに拝見した)一人、単行本を手にしている何処の大学の先生だけでした。いかに本が読まれていないかを象徴しておりました。携帯に食われていました。これは、芥川賞・直木賞にも象徴されています。売れない作家が選考委員をして、売れない本が受賞して書店に垂れ流されるという事態は、中小書店には負担でしかありません。売れなくされた書店は結束して、書店だけで流通して、例えば、本屋大賞などの書店独自の文化を作り出す出版事業に乗り出してはどうだろうか。それも、可能な限り若手を起用して。単独では抗しようもないから。出版流通業界は、何十年も変わっていません。(中小)書店の、書店による、書店のための事業展開で、新たな文化の創出を目論んでみる時期に来ているのではないか。座して死を待つよりは・・・。以下、続く。

 

 

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2007年8月 2日 (木)

ブックマイスター

20070801092632  おいおい、お絵描きまでDSライトかい(笑)。

 書店論その45。前回は、間口を広く、最大公約数的に顧客満足という視点で、という話でした。これを日々努力するというものでした。地道な努力、大きな成果。これが常道です。しかしながら、これだけでは、やや面白みの欠ける書店と言わざるを得ないでしょう。本屋は二刀流なのである。待ちだけではなく、攻めも必要でしょう。それもまた店の個性を形成するのである。しかしながら、ここで大いに陥穽に陥る原因がある。第一の刀使いを忘れて、個性的書店に特化して客を置いてけぼりにしまったり、何かマスコミを動員すれば来客数が増加すると思い込んだり、顧客の意識とかけ離れて教養主義的な、店主の押し付け的な品揃えにしたりする陥穽である。無論、店主のブックマイスター的な役割は大事である。しかし、それを自己満足・自己顕示的にするのは最悪である。お客が要望する本をもっと見つけ出してくる、おもしろくて為になる本や内容的にこれぞと思われる本を見つけ出してくる、という仕事に終始するべきである。ブックマイスターは、あくまでも顧客に要望に添った専門家(プロ)であるべきである。それが、書店の第二の刀使いである。それ以外のことをしていることはありませんか。以下、続く。

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