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2007年7月18日 (水)

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31908959  自転車のパンク修理の帰り道、一冊しか置いてなかった『先生とわたし』をついレジに運んでしまった。節約しなあ、と思いながら、こんな格差主義の社会では、本を買うことに躊躇するのは仕方がないか、パンクというアクシデントが人をして迷い込ませるのかな、四方田氏が時代的におやじと近しい所為かも、などと思う。衝動買いが六割以上でしょう。しかし、十代から二十代の固定読者層をどれだけ取り込めるかが商機に結びつくのではないか。POSデータはあくまでも過去に売れたデータであり、短冊は現在売れているデータであり、時代の流れを掴むことは将来売れるであろう所作である。だから、POSデータに拘っていては尻つぼみ。後二者によるフィードバックと軌道修正をするために、日々の短冊確認は本屋にとっては絶対必要条件である。書店論その38。以下続く。

 小学四年の臨海学校で、初めて海を目の当たりにしました。直江津から柏崎市鯨波の海水浴場へ。四方を山に囲まれ、いつも峰ばかり眺めていた子供には、茫漠とした海とその取り止めのなさは、恐さと興奮とを押し込めて、寡黙にさせたことを覚えている。そして、地引網にかかった魚群が妙に脳裏に焼きついている。集団生活と行動が苦手なのは今でも変わりない。が、被災地の早期復興を望む。

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