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2007年6月30日 (土)

「召命」

49101553406770083807  駅の本屋で立ち読み。野菜作りが趣味の人には、非常に役に立つ雑誌を発見した。写真も大きく(美味しそう)、説明が具体的で細やか。昨日、近くの市場で好物の茗荷が三パックで200円だったので、つい購入してしまった。嫁はんは分かっているので、余計なもの買ってきてぇ、と文句は言われない(笑)。

 『エクレシアの探求』は、既に読了したのですが、感想を記すことは、無信仰に近い者にとって、辛いものです。量先生の認識では、現代は黙示の時代であります。これは、救済論と密接な関係にあります。啓蒙時代のヒューマニズムに欺瞞があるように、今や地球規模の、被造物の呻吟刻苦の時です。また、その一部である環境問題ですら、政治的に利用するという国柄です。縹渺とした荒野を前にして、イエス=キリストに固着することはまず第一歩。そして、先生は次の課題に挑戦しています。即ち、「無教会的教会の形成の歩み」であります。それは、ある意味では、内村=関根先生の地歩を批判的に発展継承し、ある意味では、既存の教会を批判するものではなく、無教会自身の中にエクレシアをうち建てるという新たな苦難ともいえるものです。先生は、学生に向けて「現実と格闘せよ」と説諭しておられました。深遠な学問的営為(故に簡潔でわかりやすかった)による学恩に感謝し、その信仰に畏敬する思いで本を閉じました。

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コメント

きょうぼけなす君は意味したいです。
即ちここまで認識しなかった。

投稿: BlogPetのぼけなす君 | 2007年7月 2日 (月) 10時06分

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