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2007年5月31日 (木)

雑誌の特化

20070530170942 厚労省の調査で、児童がいる世帯の6割は、生活が苦しいと訴えている。児童虐待や老々介護の悲劇や地方の医師不足、そしてこの間の年金不明問題や官製談合といい、コイ=アベ=オタ政権が放置している問題が続々表出している。コイ=アベが、逃げている、遊んでいる、暢気である、というのはこのことである。支持率急下落による緊急対策で、その場しのぎをしているようだが、そもそも彼らには解決できもしない。それが何故なのかは、読者諸氏に譲る。生駒山が遥か彼方に顔を覗かせている。

 書店論その25。書籍配本を停止した以上、自ずと雑誌、コミック、文庫、中○社の必備図書、注文品の書籍の販売ということになる。雑誌は、総体としてCVS6割、書店4割の配本ですから、一般的な雑誌に加えて、趣味のムックとカメラや手芸などの定期雑誌の充実でした。CVSでのついで買いをするような雑誌は諦めました。隣がCVSでしたから。趣味雑誌の充実は、やはり定期購読につながり(終いには手一杯になり、配達を断ることにもなりました)、結果的に経営の安定に直結するので必須でしょう。それに、いくらメガ書店などで購入するとはいえ、重量のある雑誌を持ち運ぶ煩わしさを考えれば、近所の書店での購入の方が読者にとっては楽でしょう。以下、続く。

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2007年5月29日 (火)

返上と返品

000_0337  『格差が遺伝する!』、悪いけど、大したことない本やな。教育に関心のある人には売れるだろうけれど。爆発的には売れるとは思えない。母集団が限定的で、首都圏の、1400人位のネットを使える母親だけで、無作為でもない。それに、文化体験スクールの提案による格差解消では、覚束ないことこの上ない。とは言え、「子どもの成績が父親の読書量に比例する、と教示されては、チョイワルおやじを返上してみるかな、とも(笑)。(霞んでるのは黄砂の影響)

 書店論その24。うちの店では、実際のところ、何の本を販売していたかと言えば、取次が○央社でしたので、ベストセラーはなかなか入りません(小回りは効くけど)。2、3年は配本任せでしたが、その後は大胆にも、雑誌扱い以外の書籍扱い商品は配本停止してもらいました。多分、こんなことをしている書店はないだろう。ベストセラーや宣伝広告を打った本や売れると思われる新刊本がなかったら、とてもじゃないけど、存続できないだろう。書籍扱いの本は、チェックを入れて、買切り同然と思って注文致しました。書籍配本は、量も多く、抜き取り作業を伴うし、返品作業の加重を生むからです。以下、続く。

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2007年5月27日 (日)

風に吹かれて

000_0335_1 爽やかな五月晴れの中、てらてらと自転車に乗って、十三の淀川郵便局へ。右手上方に見えるのが武田薬品大阪工場・研究所。十三は、神戸へ京都へ、宝塚へと中継地点として下町の賑わいがあります。駅前の立ち飲みは安い。気の休まる庶民の街であります。おっとこんなところに淀川図書館がありました。少し覗いてみるか。こんなに雑誌が充実していたら、本屋はやってけれんわ(苦笑)。それから、陽気もいいので淀川べりに駆け上がりました。ここは、今では大阪の夏の風物詩として定着した淀川花火大会の会場地です。今年は見物できるでしょうか。

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 淀川の向こうには、スカイビルなどの小さな摩天楼。土手に佇む主婦友達あり、楽器の練習する者あり、サイクリングする者あり。風が心地いい。

 五月晴 少年野球の 声高し

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2007年5月26日 (土)

山を見上げる

31892344  何だか知らないけれど、嫁はんがをついで買いしてきた。「母親が子どもの成績を左右する」と脅かしながら、見事に母親のつぼを刺激しているようです。多分売れるでしょう。女性を消費に巻き込んだら大成功(うちの店でも、七割近くは女性客で、基本的にはおやじ世代を相手にしていませんでした。買ってくれないんだもん。おそらく、男性の低購買率が全体の購買率を押し下げていたのだろう。大阪では)。格差の領域は、賃金・収入・経済、年金・医療・福祉、恋愛・結婚・離婚、教育・遺伝、希望・殺人格差と目がくらむほど膨張して、人々の中に浸透しつつあるように見える。おやじ一家は確実に下流化しているのだろうか(苦笑)。

 「どんど晴れ」が視聴率1位で絶好調です。当初の予想通りです。いろいろと理由が挙げられますが、その一つに、岩手山という山があります。人は山を見下げることなく、物理的に見上げます。聖書でもシナイの山を象徴的に題材にしておりますが、山を何か神聖不可侵で、見上げることで人を激励したり、聖化するという作用をするのではないだろうか。年配層の登山は、ブームが常態化して人気が高い。ドラマでも、岩手山は筋書きや主人公の思いを託されて進行するだろう。ドラマの山場はいつになるのでしょうか。楽しみ。

 

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2007年5月25日 (金)

ふたたび五月雨

20070525085254  雨に煙る神崎川。この風景のように、年金支給漏れ問題といい、政治資金公開といい、七月参院選での人気取り政策を、今更ながら出してごまかす(増税隠しの)政権党(=解決不能)。桃栗三年、柿八年、柚子の大バカ十八年。○べのくそバカ五十二年。いつまでたっても実がなりゃあせん。なったと思ったら、腐ってた。戦犯じいさん救われて、醜い国へと突進する。中○太郎は大阪選挙区出身で、肝心な時に大阪人は棹をさすのが解せない。われら大阪人は、これを恥としなければならない。夢と希望のある国ではなく、戦争と格差(=収奪)の国で、人は本なんか読む余裕があるだろうか。本屋を十年近くしていて、園芸(NHK趣味の園芸を除く)と介護保険の本は、数冊しか売れませんでした。如何せん、価値観の多様化、個性の尊重と謳われながら、競争は独占を生み、独占は戦争を生む。歴史はあまり変わってないな、という思いです。「どんど晴れ」のように、神崎川の向こうに岩手山が見えないかしら(笑)。見えたあ?(ここで見えるのは生駒山。念のため)

 雨と言えば、森高千里(大阪生まれの熊本育ち)の『』は外せません。1990年の楽曲で、オタクファンにも懐かしいのでは。彼女は「オバさんになった」のだろうか(笑)。

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2007年5月24日 (木)

大阪締めといきたい

20070523170716  ここは大阪市と吹田市の境の橋。遠くに見えるのは新御堂筋。薫風が橋の上をそよぐ。満々と水を湛える神崎川。水の都・大阪。気持ちがよろしいようで、おやじは折りたたみ自転車で橋の端を渡る。

 大阪締めって、知ってはりますか。知らんでか(=知ってるで)、と突っ込まれそうですが、意外にも知られていない。大阪が大きく変質したのは、70年大阪万博。はんなりとした大阪気質と情緒に別れを告げ、儲け主義と横柄さが幅を利かせていますが、それでも本来の大阪は泰然として残っています。これも参照。これも。大阪で本屋を開業する時に一番気になったことは、本の購買率が大都市にしては低いということでした。そして、開業後で悩まされたのは、万引きと立読みの多さ。2、3年は万引きのラッシュに悩まされ(今でも爆睡中うなされる。笑)、その後は立読みに悩まされ、それでもあれだけの売上をあげたのは、よしとするか。この地で本屋を永続できたらそれだけでエライ。食だけではなく、文化(本)ということでも厳しい評価が待っています。地方の書店さんは後継者不足と売上減、都市部では競争過多(メガ書店&コンビニ・駅売店)と売上減。さらに、大阪では厳しい評価。中小書店にとって、戦術的解決策ではなく、抜本的な解決策が求められているようです。以上、書店論その23。以下続く。

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2007年5月21日 (月)

洞爺湖やーぃ

20070512125728  オレだって、洞爺湖の最高級ホテルに泊まりてぇょ。視察と称して、タダで旅行してぇょ。毎日毎日遊んでいられる人の身分がうらやまスィー。この美しい人はきっと本なんか読んでいないだろうな。

 書店論その22。4割の人は当てにならない以上、中小書店としては、残りの6割の人を顧客対象とせざるをえない。そして、都市部では、この6割のお客さんにしても、メガ書店やらコンビニやらとの競争となる覚悟が必要である。今では、コンビニですらベストセラーを販売しているだけでなく、受取指定もできる。ならば、その競争にどう対処したらいいのか、この点が存外意識せられていない。すばやく小回りが利く環境を整備することが第一である。ネット(注文)環境を整えることである。旧来のスリップや電話やFAXに依存しているだけではダメ。メールアドレスすらない書店ではお話にならない。インターネットを駆使する環境の整備。今では書店向けの注文システムがかなり行き渡っており、2、3日で対応可能である。書店としての受け皿を構築することである。これも参照。しかしながら、これだけでは対抗できるということだけであって、出し抜くことは不可能である。それが、中小書店と取次との共同出版会社設立である。以下続く。

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2007年5月20日 (日)

本屋の思い込み

20070511190602  うちでは、ほとんどテレビは見ない。「どんど晴れ」以外はラジオや読書などで過す(もっとも嫁はんはコソッと見ている様子。ずるい。笑)。息子は、嫁はんに厳しく制限されて不満そう。おやじは、子供時代テレビっ子だったもんで(嫁はんも)、「もう少し見せてあげたら」と息子に助け舟を出しているのだが、世間からしたら、毎日一時間以内は少ないだろう。だから、見ることができるとなると、その集中力は凄まじい。おやじと同じで、口を開けて見ている(笑)。

 書店論その21。本屋を開業してみて、予想に反したことが二つあった。これは、中学以来の本格的な読書癖に起因していることが大きい。一つは万引きの多さだった。防犯装置と対策が必要。二つ目は、誰でも本を読むものだという思い込みだった。思い込みは判断を鈍らせる訳で、経営の無駄を呼び込むことになった。2割の人は店に来ない。また2割の人は立ち読みだけ。「本なんか(単なる商品だし、もったいない)わざわざ買うほどのことではない」し、利欲生活には無関係だから本には無関心の人も、政治的にかつ宗教的に偏執している人もいる(読書に価値を置いていない)。本屋の思い込みを洗い流し、棚構成に生かす努力が必要になっているのではないか。

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2007年5月19日 (土)

顔相を診る

31504164_1  凄惨な事件のオンパレード。これらの社会的現象は、この間に推し進められている、アベコベ内閣の反動的政治と無関係ではないだろう。つい最近、鬼籍に入った今村仁司氏の『暴力のオントロジー』も(近著はこれ)参照。惜しまれる死である。余り覚えていないが、氏は、①その暴力性を内に胚胎する資本主義は、その絶えざる危機性によって社会関係を常に脅かす②日本人の思考が論理的でない根拠は、仏教とアニミズムの癒着である、と主張しているようだ。さらに、天皇制の論議にも研究を推し進めていただきたかった。いづれにせよ、日本人の精神性を逸脱した人間にはきわめて暴力的に、また、内側においてもきわめて抑圧的に作用する社会体制を築き上げようとしているようである。だから、この体制下では、ますます上述のような事件が頻発するであろう。アベという人間の顔を観察をしていて、この人には万人に見せる、満面の笑顔が無いことに気づくだろう。その表情に潜む暴力性。陰惨な事件の背後で蠢く策動に注視したい。

 夜勤明け 五月の鳩が 近づけり

 雷ぴかぴかごろごろ、雨ざあざあの夜更けで、今日も天気が思わしくないようです。

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2007年5月18日 (金)

どんど晴れ書店

31863364  「『どんど晴れ』、録っといて」というのが、仕事や登校前の合言葉になっています。息子も何となくお気に入りで、家族全員嵌まりつつあります。ドラマ自体も、人気は上昇しているようです。

 書店論その20。本屋として、三つの予想が的中しました。①新書ブーム②韓流ブーム③ラノベブームでした。講談社現代新書とブルーバックスを中心に、当初から新書を並べていました。やめた方がいい、という取次の助言を振り切って揃えました。韓流は語学中心に置き始め、ラノベは、取次の若手社員からヒントを受けて、売れるので充実させました。ゼロからの出発でしたので、何が売れるのかは、置いてみなくては分からない。だから当然、試行錯誤である。中小書店にとって、何でも並べるわけにはゆかないのである。地域の要望の最大公約数を狙うしかない。偏らずに少量でも総合的に、かつ売れる分野を充実させるという戦略しかない。言い換えれば、メガ書店と個性派書店の中間戦略である。だから、前回に指摘したように、それらの書店の模倣は間違いであると思う。地方の書店さんは尚更のことであって、成功しているのは、ほとんど大都市の書店だけである。広大な購買層・量があっての話である。中小書店はこのことを自覚しておきたい。これも参照。以下続く。

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2007年5月17日 (木)

本屋の幻想

02434274  何か知らないけれど、息子はこの話を好んで所望します。ぼんたろうに仮託して、あへあへと懲らしめたいのかな(笑)。昨夜は、これに『あたまのうえにりんごがいくつ?』を2回も読みました。口も草臥れて5秒以内に夢の世界に・・。勘弁して(笑)。

 書店論その19。仕事って、何なのだろうか。先日、「毎日新聞」を読んでいたら、高村薫氏が寄稿していた。その中で氏は、若者に向けて仕事の幻想を説諭していた。成る程、と思ったのでここで要約すると、①仕事にやりがい・生きがいを即時的に求めるのではなく、あくまでも食うためであると心得よ、②時間と労力と手間いらずで儲かる仕事があると勘違いしてはならず、ということでした。本屋であることを考える場合、こうした視点を忘れてはならないと思う。食うために開業もしくは生業を維持していくという観点を持つべきである。換言すれば、売上を維持する努力が求められているということであろう。中小書店の心得として、何か地域住民への文化的貢献とか読書の効用性とか、抽象的なものではなく、地域住民が望む品揃えを心掛けるということが基本だと思う。メガ書店やVVなどの個性派書店の模倣や、打開の決定打を求めるような手段を講じるような間違いをするべきではない、と思う。これも参照。以下続く。

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2007年5月15日 (火)

2割で改悪

00062594  『はろるどのふしぎなぼうけん』と『はなをくんくん』の読み聞かせをして眠りに付きました。

 団塊の世代よりももう一つ上の世代。この人達は、いわば戦争体験をはっきりと覚えている世代だが、次々とお亡くなりになっている。それに軌を一にしているかのように、改憲の策動が押し進んでいる。政教分離の原則に犯し(20条違反)、最高法規に違反する犯罪(99条違反。個人としてならいくらでもどうぞ)が堂々とまかり通っていること自体、異常としか思えない。行政の長が平気で大犯罪をしているのだから何をかいわんや、である。昨日の国民投票法案可決でも、どの議員も喜んで笑顔ではない、ということに真意は含まれている。「その時反対しても、そんな状況でなかったし、反対できなかったんだ」というのが、戦争体験者の答えでした。そして、私達の選択する方途は何なのか、ということが現在問われていると思います。

 書店論その18。4年もしくは2年に一度しか本屋に来ない人々がいました。この人達はどういう人達なのだろうか。これが残りの2割の正体である。以下、続く。これ、おもしろそう、買い?

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2007年5月14日 (月)

格差?

31772426 『格差社会』は、半年前程の新書ですが、日本社会の実態を鳥瞰するための入門書として最適と思う。格差が医療、福祉、希望、恋愛・離婚とまでくれば、口をあんぐりとするしかない。しかしながら、おやじの関心事は、こうした格差の現象面ではなく、格差を生み出している張本人は誰なのか、ということである。

 書店論その17。前回、「本なんか読んでる場合じゃない」と指摘したが、これには訳がある。現在、日本では貯蓄の無い世帯が少なくとも2割ある。この世帯の人々は、中小書店にとって、「本屋なんかに来たことない人々である」。これが、おやじが本屋を経営していた時の実感である。4割の人々が本屋に来店しないし、本を購入していただけないし、当然のことながら、読みもしない。残りの人が、半年に1回以上という割合である、というのがレジで実感したことでした。結論は、残りの6割の地域住民が顧客対象である、と現時点では割り切った方がいいかも知れない。では4割の人というのはどういう人なんだろうと考えると、2割はお金が無いから購入していただけない貧困にされた人で、残りの2割の人は、一体どういう人だろう、と考えてしまったのである。この回答は、遠からず、本日にも予想される国民投票法案の強行可決を目論む人々と関係する。以下、続く。

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2007年5月13日 (日)

昆陽池

20070512132257 所用があって、伊丹市に参りました。万緑の長いくすのき並木があり、キレイな町です(同時にお酒の町であります。また酒の話かいな。笑)。ついでに、日和がよろしく、かの有名な昆陽池(難読地名。最後に回答あり)に遊びました。樹木には名前の札がいちいち掛けられており、来訪者にとても親切です。慈円の歌碑がありました。

画にかきて 今唐土の 人にみせむ

霞渡れる 昆陽の松原

 ぽかぽかと脳を刺激しましたので、おやじも一句。

 池上の のぼりはそよぐ ひとり徒歩

 とろろ、海苔、納豆、漬物、ヨーグルト、から揚げ、お刺身(特に、まぐろ)、ラーメン、ハンバーグ、焼き芋、酢の物、シューマイ、ギョーザ、ミートソーススパゲッティ、ピザなどなど、以上息子の好物でした。でも、和洋中華バラバラでんな(笑)。(答え こやいけ) 

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2007年5月12日 (土)

本屋の資質

20070505134647  別にいいんですよ、サラの(新しい)畳でも・・・。ただ、ちょっと違和感を感じただけやから。「芸人になった以上、末路哀れは覚悟の前やで」(桂米朝師匠)云々。

 書店論その16。本屋の資質は、はっきり言って、政治屋になるよりも難しいことを知らない人が多い。○べが猿回しのサル以下であるようには簡単なことではない。サルは人間の気持ちや考えが分からないから、性質(たち)が悪い。中小書店の敵は無限大に多いのである。自分党が大資本を後ろ盾をしているように(財界の献金など)、世界経済の景気拡大は労働者の低賃金(=所得分配の不平等化)に支えられている(ゴールデンウィークの『週刊エコノミスト』参照)のであって、生活に追われている庶民が何で本なんか読むんですか。本の購買率の漸減化は時代の趨勢であり、根本的には、腐敗した政治状況にあるのである。といっても、これを難じていても、今の政治情勢では何の意味も改善もないので、次へ移りたい。しかしながら、為政者による戦争ができる国家体制を作る国民投票法案→憲法改悪などということをしている自体は、改悪であるだけでなく、サイアクである。本なんか読んでる訳にはいかないのである。

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2007年5月10日 (木)

書店論15

20070504143826  交通科学博物館にて、待ちきれずにゲームの順番を待つ画像。

 書店論その15。したがって、逆に言えば、家賃が要らない老舗書店さんは、努力次第で生業を存続できる可能性は大ですが、新規参入するのであれば、余程の計画と準備が必要だろう。立地条件が第一である。商圏を徹底的に調査する必要がある。古書店と異なり、趣味ではできないのである。少なくとも、家賃×10=月商の売上を確保できる商圏が必須である。でなければ、諦めるべきである(家賃が要らない老舗書店は無関係)。本屋の資質としては、本が好き、というのはあくまでも必要条件であって、これだけではアマチュアの域を出ない。しかしながら、これがなければ辛苦に耐えられないことはいうまでもない。更に、経営者としての眼が必要十分条件である。この二つがあって始めて、新刊書店の開業をすべきである。商圏は、繁華街や駅やSCなどは殆ど既存の書店が独占しているので、かなり困難である。少なくとも、商圏内に4000世帯、1万人が最低条件と思う(これがなければ、取次の説得ができない)。また、商圏があっても、路面の通行量も実地調査すべきである。以下、続く。

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書店論14

20070509184345  学童に忘れ物。そこで、息子は家からの道程をひたすら走る走る。いやあ、逞しくなったものだ。

 書店論その14。このブログも、いつまでも悠長にしていられない。全国の中小書店さんにエールを送るために、大詰めに入りたい。ゴールデンウィーク中の売上はいかがでしたか。おやじの経験上からも考えてみても、かなり厳しいものであったと想像いたします。日書連の加盟店数が20年でほぼ半減したというデータがありますが、全国的に中小書店の経営の厳しさを反映するものです。恐らく、この10年で街の書店さんが消え行くのではないかという危機感を抱かざるを得ないのではないか。という訳で、おやじが何故廃業したのかという根本的な理由から出発したいと思います。おやじが廃業した理由は、大体五つ程の理由があります。第一は、経費(特に家賃)がかかり過ぎるという理由でした。都市部の家賃は高額で、正規の社員を二人以上も雇用できる高さです。そこで節減と複合経営と特化を志向しましたが、当然のことながら、身体の無理を重ねることになり、限界に至ったことが第二の理由です。新刊書店業の薄利多売では、新規参入できるほどの甘いものではありませんでした。以下、続く(感想・意見のメールをお送り下さい。必ず返事をいたします)。

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2007年5月 7日 (月)

東北とは?

31864713_1  既に読了しているのだが、問題が錯綜しているので、書評は困難である。ましてや、おやじは「どんど晴れ」(ドラマに出てきた三平食堂に行ってみたい)を好んで見ていることもあって、思いは複雑である。1、そもそも「東北」とは何なのか(そもそも「関西」とは何なのか。日本の東北なのか。この問いの中に近代日本の問題性が包摂されている)。2、東北は遅れて(後進性)いるのか(=東北の独自性とは何なのか)。3、学問として、東北研究はいかばかりなのか、など問題意識は入り乱れる。ともあれ、東北が何故戦時体制に組み込まれていったのかという問いに対して、この新書は、一定の回答を提示している。現下の若者が政権党に多少からめとられている有様を鑑みると、一読の価値がある。反動と窮乏意識との握手。「白河以北一山百文」と称される東北の「後進性」を、今一度再考する研究が望まれる。思えば若き頃、同志社大学の東京試験会場で、試験日を間違えてお互い呆気にとられ、やむなく一緒に上野動物園で遊んだ八戸と仙台から出てきた二人に再会したいものだ。『続・東北』は、行政側や新聞などの資料に依拠していることが多いことに難があり、もっと文学や芸能や聞き取り調査などもしてほしいと思う。次の戦後東北の著作に期待したい。

 久しぶりの学校で、息子は「いきいき」から「学童」へ、とびっきりの笑顔で駈けて行きました。そりゃあ、うるさいおやじや嫁はんから離れて、怒られなくて嬉しいやろ(笑)。

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2007年5月 6日 (日)

五月雨

20070505140243  まだヒリヒリ尻が痛いわあ(笑)。今日は朝から五月雨。やむなく自宅でゆったりして、葉書きを三通仕上げ、郵便局まで。一昨日は、リバティ大阪から交通科学博物館へ。昨日は、池田市の上方落語みゅーじあむへ。

 リバティ大阪は、相変わらずガランとしていましたが、来館者の意識は高いと思います。この施設は、いろいろと批判もあろうが、全国的に類を見ない人権資料館として、大阪人の誇ってよいものと思います。人権は自分で獲得するものであること、知らないということが差別を助長してしまうこと、などを教えてくれます。一度は見学すべきでしょう。もったいない。双方向としての施設として、改良の余地あり。

20070504134305  交通博物館は、息子を追いかけるのに忙しく、疲れ果てました。上方落語みゅーじあむは、2階の資料館がよろしいようで。一揃いそろっているばかりでなく、視聴できるからうれしいです(お酒も売ってるでえ。笑)。残念ながら、行列でしたので寄席は参加できませんでした。一時的な上方落語ブームですが、本当は、これからなんやということを肝に銘じたい。

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2007年5月 3日 (木)

平気で愚かなことをする政権党

20070501094343  烏骨鶏やらヤマメやら蜂蜜やら筍やらたらの芽やら、お土産が倍以上返しで帰路に着きました。これらが全て、10年来の田舎暮らしによる豊かな成果ですから驚きです。息子は、始めての筍掘りで感動したようで、自分で掘った筍を学校に持参したり、たけのこ御飯をしっかり食べて登校しました。そりゃあ、自分が収穫したら美味しいだろうに・・・。たらの芽も天麩羅にしていただきました。新鮮な自然の恵みは、その美味しさは格別です。安・近・短の美作(みまさか)小旅行は、おやじ家族には大満足の旅でした。お店のお客さんだった人にもお裾分けいたしました。安・近・短といっても、安倍・近視眼・短気の安・近・短は、どうしようもないものな(笑)。無邪気な核武装論者の目論見を見破る憲法記念日にしたいものです。

 「愛国心は、悪人の最後の隠れ屋である」(誰か)とも。

 昔に読んだ『平気でうそをつく人たち』では、確か、「本当の悪党は塀の外にいる」と至言してましたな。草思社はクダラナイ本も出すが、こういう類いの本は、本屋としては要注意です。売れます。

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2007年5月 1日 (火)

連休の小旅行

20070419163942  わが愛車をご紹介します。最近、折りたたみ自転車がちょっとしたブームになっているのをご存知ですか。という訳で、おやじも引っ張り出してきました。息子は乗りたくて、公園で試運転をしたところ、スピードの出しすぎで統制が利かず、こけて唇を怪我しました。何事も失敗はつきもの。懲りずに挑戦しなさいよ。

 昨日は、岡山県の阿波温泉を訪ねました。店のお客さんだったMさんが田舎暮らししている直近の温泉です。山間(やまあい)の温泉で、だからこそゆったりと入浴できる美肌温泉です。Mさんは率直な人で、駆け出しの本屋であったおやじを、正しく叱責して下さいました。それ以来の知り合いです(以下、次回)。落ち着いた笑顔で、おやじ家族を出迎えてくださいました。板についたオーバーオール姿がとてもお似合いでした。途次、兵庫県佐用町・笹ヶ岡公園でスベリマシタ、スベリマシタ。息子は大喜び。おやじは、尻が痛く、お猿さんのように尻の皮が剥けて、温泉に入る時滲みて痛かったのなんの。飛び上がりました(笑)。ダンボール持参が鉄則で、他の家族にも分けてあげました。高速を使わず、終始下道を使ったので、運転で疲れました。帰宅すると、早速呑んで寝ました。

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