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2006年8月31日 (木)

蒟蒻談義終了して秋来る

 e-honのレヴューに投稿しておきました。これでこんにゃくの話題はひとまず終了。と言っても、このブログを盗み読みしている嫁はんは、ちゃっかりこんにゃくを3丁購入しているのを、帰宅して発見しました。これでこんにゃく夫婦完成(笑)。あとは息子をこんにゃく好きにすることを目論むことにする。

 今年は秋の到来が早いようです。まとわり付くような熱気はなくなって一安心。でも、夏の疲れが一気に出てきていて、しんどい。明日からフェアだが、これだけ活字離れしている現状では無理かもしれないが、様子見というところ。

 加藤氏への放火テロは時代の転換点になるかも知れない。改憲と重税と、そして教育基本法の改悪から徴兵制へと、一気になだれ込むかもしれない。次期首相と目される人は、外交・防衛が得意と言われているが、多分得意分野でこけるだろう。北朝鮮制裁でもアメリカに梯子を外されていましたが・・・。国内政策はゼロだし、これだけの階級・階層社会になったら、起死回生は困難でしょう。とくに、若者の未来は想像したくないほど悲惨だ。「国家」のことを考えなくても安心して暮らせる社会にするのが、政治家の務めだと思うのだが・・・。

 

 

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2006年8月28日 (月)

秋の準備

 だいぶ裏方が片付けられてうれしい限り。まだまだ。本屋の仕事は、返品作業や整理・整頓が大半で、夏休み中は万引き対策のおまけ付き。夜になると、畑には鈴虫の声(羽の音)。夏も終わりだなあ、という感慨を覚える。この暑さにもう少し耐えて、せっせとフェアの準備に取り掛かる。

 例の本を、レジの暇々に漸く読了。おもしろかったあ。「こんにゃくってやつは大変だが、おもしれえよ」(古老のこんにゃく業者)いつも行くスーパーでは、こんにゃくは、結構一番目立つ、見易い所に配置されていますが、あれは何か意図があるのだろうか。

 落語のミニフェアの展開もする。9月2日、3日は、いよいよ彦八まつり。今年は落語寄席も再興されて(9月15日)、大賑わいになるだろう。一度は絶対赴くべきだろう。おやじは、第2回(と思う)の彦八まつりに顔を出したが、素顔の芸人に触れ合えるし、いろいろな催しがあるからおもろいでえ。勿論、落語寄席もあるで。その内、大きくなりすぎて、大阪ドームで催行されるようになったら、いわゆる興行になってしまって面白くなくなってしまうだろう。早いとこ参加した方がいいで。こういうのは「大きいことがいいこと」ではないな。

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2006年8月27日 (日)

さしみ蒟蒻の夜

 月末になるととても忙しく更新もままならない。本屋をやめない限りこの忙しさは終わらないし、おまけにクリーニングの業務が加算されて、忙しさ極まりない。全国の書店は、ようやってるわ、と思う次第。

 一昨日の夜半、妻子が泊まりの用事から帰り、寝静まっている家で、一人お土産のいも焼酎を傾けながら、青のり入りのさしみこんにゃくを食べました。今月初めには賞味期限が切れていたが、そんなことはお構いなく、「生けるゴミ箱」と化したおやじは、よく洗って酢味噌でいただきました。何やイケルやん、と思いながら堪能致しました。例の本は、やっと半分まで読んだが、なかなか進めない。でも、よく足で取材して、歴史考証もしっかりしているのでおもしろい。地図や表がないので整理しながらなので、思うように読み進められないのが少し難、というところ。というのは、大方の関西人は、東京の次は北海道という地理的感覚で、こんにゃくの一大産地である群馬や茨城のことは知らないだろう。地図が付いていないと分かりにくい。序でに言えば、東北六県を正確に列挙できる関西人は、おそらく一割にも満たないだろう。

 つらつらと こんにゃく談義 続くなり

 

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2006年8月23日 (水)

哀しみの記事

 今朝、新聞を繰っていると、若月俊一氏のご逝去の記事を見て、また少し哀しみの感情を覚えてしまった。信州の医療は、詳しくは分からないが、佐久総合病院などの厚生連運動によるものが大であろう。盲腸の時は、地元の厚生連で切ってもらったし、大事な病気の時には必ずお世話になったし、父も厚生連で医療を受けていた。今でも町の、ど真ん中にある。長野の長寿も地道な医療運動の成果である。たぶん、死地としては信州は最高の土地である、と思う。信州にも進取の(?)精神が根付いていたのである。具体的に一つ挙げれば、大阪の真ん中の大きな総合病院でも無いペイン・クリニックが、佐久総合病院にはあるのである。若月氏の試みは、『信州に上医あり』に詳しい(当店在庫1冊)。若月氏等の医療活動は、若い時によく耳にしたし、微かに誇りにも思っていました。志が継承されることを願う。ご冥福を祈ります。また、知事選で、田中氏が落選したのは惜しかった。元の木阿弥。宅老所や県政意識改革など目新しい改革が頓挫。残念至極。他方、役立たずの小○首相は官邸に閉じこもって、毎日休んで遊んでばかりなり。こんにゃくの方が(まだまだこんにゃく談義は続くでえ)よほど世のため人のためになっている。

 当ブログは、こんにゃく普及のためのブログです・・・か?(笑)

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2006年8月22日 (火)

こんにゃく談義、その3

 血生臭い人がいる。みんなこの人にあやかって利権やポストを狙っている。お互い騙し騙されながら。ぐるぐるぐるぐる永田町ダンスを踊っている。人々の生き血を吸いながら、いつか来た途を辿っている。

 子供の時、親に「男の子はこんにゃくを食べておなかの砂を取らないといけないよ」と、よく諭されたものだ。なんで男であって、女は食べなくていいんかな、などと思ったことがあるが、そうしたことは、世間ではよく言われたことである。ご近所では、三国商店街の「狭川商店」(こんにゃく専門店、6391-3397)さんがある。『あまから手帳』でも紹介されたこともある超有名店である。おじさんは、大変な人生を歩んだけれども明るい。ぷりぷりとした白いこんにゃくで、とても歯ごたえのがいい。うちでも時々食する。たまには、手作りのこんにゃくを食べてみたらどうでしょうか。その食感に驚くでしょう。おじさんに後継者はいないようだから、若者よ、こんにゃく作りと人生の達人に弟子入りしてみたら。

 この秋から、中高生向きにフェアを企画しております。選定本の一覧はこちらから。9月1日から。来てね。選定はかなり剽窃しましたが、いいのかしら。クレームが来たらどうしよう。

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2006年8月21日 (月)

『醜い国へ』

 入院中のAさんの娘さんを、うちでは長くあずかることができないので、一時的に里親にあずけることになった。母子家庭で収入の途が途絶えそうなのに、入院費用がかさむのに、昨年の収入申告のために、里親の費用まで請求される有様である。弱り目に祟り目。日本という国は、どこまでも金、金、金の国である。どこら辺が「美しい国」であるのか。『美しい国へ』は「国家」のために闘うが、民と民の暮らしのためには闘わないことがよく分かる本である。天○すら参拝しないのに、なぜこの人等は参拝するのか。本当に天○を敬っているのか、象徴天○制をどうでもいいと思っているのではないか。公人として参拝するのは憲法違反ではないのか(私人としてなら、どうぞどうぞ)。怖い国にならないことを祈る。その本によると、少子化の意味を何も分かっていないことがよく分かる。「大草原の小さな家」だってさ。こんな家なんて、今の日本にあるんですか。

 昨日のブログでこんにゃくのことについて記したが、検索してみると意外に多いので驚きました。粉化することでこんにゃくは革命的に普及することになったということだが、今、店前のコブシがいっぱい実をつけている。これは利用価値はないのか、などとおやじは密かに思っている。

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2006年8月20日 (日)

たかが蒟蒻、されど蒟蒻

 おやじは、こんにゃくが好きだ。昨夜もスーパーでこんにゃくを買おうと思ったが、冷蔵庫にあるのを思い出してやめておいたが、しばしば購入する。こんにゃくが好きだという人は、余りいないだろう。おでんが好きな人は、しばしばこんにゃくを注文すると思うが、わざわざ好きだといって選ぶ人はいないだろう。おやじが好きな理由は、子供の時、こんにゃく屋さんが近所にあったということもあって、馴染みだったことがある。また、家禽の鶏をつぶして鶏鍋という「ごっつぉ(ご馳走)」に与った時、必ずだしの染みたこんにゃくが美味だった経験上の理由もある。それに大したことではないが、子供心に、こんにゃくを食べた時の食べ口に、歯形がつくのが面白くもあった。

 落語では、「こんにゃく問答」という噺もあって、これは、端緒の違いから終始かみ合わない問答のことだが、小○首相の妄言も、こんにゃく問答みたいなもので、五年半も遊んでいた人に何を言っても甲斐がない。これは、こんにゃくの所為ではない。

 という訳で、こんにゃくについての本で、面白い本がある。それは、『こんにゃくの中の日本史』である。山村の暮らしを養蚕と並んで支え、維新で大きな役割を果したということだが、まだプロローグしか読んでいないので、これからが楽しみだ。売れは、鳴かず飛ばず、というところだと思うが、久しぶりに面白い読書になりそうだ。

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2006年8月17日 (木)

食文化の違い

 皆さん、帰阪したのか、今日はよく売れました。が、万引もされたので帳消し。イヤな気分。台風到来の湿った空気が入り込んだのか、蒸し暑さはひとしお。

 今はナスの旬。子どもの頃、お盆には必ず丸ナスのおやきを神棚や仏壇に供えたものです。信州北信地方では、ナスといえば丸ナスのこと。おやきは、竜宮亭の実家では、丸ナスを輪切りにして、油味噌や、野菜や野沢菜などを炒めたものを二枚のナスで挟んで、それを包んで蒸すのが一般的な食べ方で、いわゆる「おやき」とは少し違います。当時のおやきを食べたいものだが、未だに出会っていません。ただ具を入れるだけではない手間がかかるからでしょう。

 大阪は典型的な粉もの文化です。街を歩くと、たこ焼きやら、お好み焼きやらの店がいっぱいあります。庶民の手軽な食べ物として日常生活には当たり前の食べ物になっています。関西に来ておやじが一番驚いたのが、ご飯ものと、うどんやお好み焼きなどを一緒に食べる習慣があることでした。でんぷんや炭水化物だらけ。東日本では考えられないことです。でもすぐにエネルギーに転化するという合理的理由もあるのですが。浪速っ子は、いらち(せっかち)ですね(笑)。

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2006年8月16日 (水)

お煮かけ料理

 病院から帰って、おとといの晩は、一人「お煮かけ」を作った。昨夜は、家族でお見舞いの帰途、天六の居酒屋で、大阪名物「どて焼き」や「赤いかの刺身」などをあてにして飲む。

 「お煮かけ」は北信濃(北信という)地区で何かにつけて食べられる料理である。「おやき」が全国的に有名ですが、「お煮かけ」は日常的によく出されます。竜宮亭の家では、煮干だしに、調味料を加え、野菜や竹輪などを煮立てて、既に茹でて冷やした冷麦にかけてお椀で食べます。お煮かけは、うどんやそばで供されるお店があるようですが、あくまでも冷麦でなければなりません。おやじは好物で何度もおかわりをしました。母の作っていたものとはちょっと違っていましたが、おいしく食べました。ちなみに、信州土産におやきや野沢菜など名産品を購入する場合、地元スーパーで買うと間違いありません。味に肥えた地元の人が買って食べるものだから、不味いものは置いておりません。最近は、おやじは年を重ねたせいか、昔の味が懐かしく感じられて、時々作ることがある。野菜中心の料理だと、ヘルシーという意味ではなく、俄然食欲が湧く。農家だったから、野菜のさまざまな旨みを知っているからだろう。野菜は肉・魚料理の添え物という感覚と料理は、おそらくまちがっているだろう。

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2006年8月15日 (火)

盆休み終了

 子等の声 聞こえぬ広場 盆休み

 妻子が帰阪して、いつもの生活が始まる。終わってみれば、短い夏休み、盆休みだった。今年もあと4ヶ月余り。この休みにいろいろ計画したが、やはり不十分のまま始まることとなった。周囲に病で入院する事態が起こり、気を病むこととなった。悪化することの無いように心から望む。

 政治的には、アジア政策ゼロの首相が退任して目出度いことだが、次なる人物に、何の日本の未来図も描けない有様だ。ただただ永田町の論理が働くのみ。これらの悪影響が、若者にひたひたと及ぼす事態を危惧する。思えば、現首相の言葉は、鴻毛よりも軽くなり、マスコミはサプライズと囃し立てたが、おやじからすれば、すべては予想通りだった。この猿芝居のつまらなさと大根役者振りが人々に諦観と自暴自棄をもたらすことを心配するのみ。

 休み中、レヴューでも書こうと思って、前芥川賞作家の処女作(文学界新人賞作品)を読み始めたが、30ページで本を閉じた。つまらない。文章力はまあまあだが、筋書きに難があり、何度も突っ込みが入り、読み続ける気力が湧かない。登場人物と同世代の一部の人には、共感するものがあるのかも知れないが、実力のある作家はきちんと批評するべきだ。それがどうした、と。おやじは小説とはすっかり無縁になったが、またまた小説から乖離してしまう要因である。これでは読書家も漸減するだろう。文学の世界も隘路に入り込んでいるようだ。

 次の世代に希望を繋ぐしかないのかもしれない。若者よ。自分たちの未来を見極め、理想を高々と掲げよ。そして胆力を発揮して欲しい。希望は君たちにしかない。おやじも精進しなければならない。

 

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2006年8月14日 (月)

医師の条件

 Aさんの主治医に説明を求めて面会に行ってきました。Aさんによると、ようやく説明してくれた、ということです。昨日、インフォームドコンセントとしての患者の権利をAさんに話しておきましたが、こんな初歩的な事柄が職業人として自覚がないのです。会ってみて、この人は医者として不適格と思いました。インフォームドコンセントとセカンド・オピニオンは車の両輪です。相性もありますが、医者としての不適格者がおりますので、おかしいな、と思ったら、別の確かの病院の診断を受けるべきです。がんの場合は、この辺では、成人病センターか阪大病院をおすすめいたします。医師が病状を見る前に患者を見ているか、説明義務を果しているか、医療レベルが高いか、医療労働者が使命感をもって働いているか、セカンド・オピニオンを受け入れているかをきちんと把握してください。医師だけでなく、政治家や役人や管理職は、いざとなれば、自己保身が働くので、そのときはきちんと批判してください。それだけの報酬を得ているのだから遠慮してはなりません。その医師は、きっと分からなかったでしょう。最後に、患者に対して「おだいじに」の一言もなく、笑顔もありませんでした。寡黙な医師にも気をつけてください。結構いますので。医師は患者の命と健康をあずかっていることをお忘れなく。一生勉強です。つまらないプライドを捨てて、患者の観点に立ち、サポートしてあげてください。

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2006年8月13日 (日)

医療不信

 またまた、おやじは怒っているのである。先日ブログに記した母子家庭のAさん。体調が悪化して再入院をして、うちで娘さんをあずかったが、入院先の担当医は、ほとんどインフォームドコンセントをないがしろにしているようなのだ。患者の権利なのに、医師の義務を徹底していないので、彼女は不信に陥っているのだ。大学の医学教育は一体どうなっているのだ。こんな初歩的なことをきちんと教えていないのか。弱い立場の患者に説明するのは、当然の義務ではないのか。西日本で一番といわれる大学出身者で固めた病院なのに、それができないようでは医師失格である。立派な医師がいる一方、医者になったらいけない若造が、受験勉強ができるということだけで医師面している訳だ。だいたい、日本医師会は、自己の利害ばかりで患者をないがしろにしている。だらしない医師が多すぎる。君たちのプライドなんてどうでもいいのだ。患者を助けることに頭脳と精魂を傾けよ。腐っているのは政治家ばかりではないのだ。相手の立場に立って、ろくでもないプライドは捨てて、自己の利害を捨てて、本当の医師として自己を確立して欲しい。そうすれば、奈良のような事件は起こらないのだ。愛国心教育より、真の人格陶冶としての教育が求められているのだ。人がないがしろにされる国家・医療などいらない。

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2006年8月12日 (土)

お盆休み、一日目。

 毎日、暑いですね。全国帰省ラッシュということでご苦労様です。我が家の嫁はんと息子は、昨夜帰省。ということで、おやじは一人淋しい。昨夜、クリーニングのお客さんが多かったので、その後始末で、やっと終ったのが午後2時過ぎ。一息つきました。全然休養になってないやん。後3日、計画的に実行しなくては。性格が大雑把なおやじに、ちゃんとできるのか覚束ない。店は15日(火)までお盆休みですのでよろしくね。e-honは開店営業中です。受取は16日以降。

 前半は、角川文庫の勢いが止まらず、たくさん売れましたが、当店では、『ダ・ヴィンチ・コード』を抑えて、『涼宮ハルヒ』がダントツの売れ。あれこれと手段を講じながら、品切れをしないようにした結果です。未だに毎日売れ続けております。ハルヒ様々です。SOS団に加入しようかな(笑)。

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2006年8月10日 (木)

憂鬱。

 今夜は蒸し暑い。むわ~という熱気です。何ともいえず不快です。他に、家庭内のことでちょっと困難なことに直面しているので、ちょっと気が滅入っている。はあ~。で~も、「なんくるないさあ~」とウチナーグチでいきたいものだ。

 『文藝春秋』九月号が出たので、ちょっと見た。あべかわもちが『この国のために命を捨てる』とある。こりゃあ、あべだ、もとい駄目だ。内政問題など一顧だにしていない。勝手にしたらあ。早く命を捨たらあ。「中身の空っぽな逃げる役者」から「タカ派であることでしか能のない、利用されるだけのお坊ちゃま君」へですかあ。ため息が出る。

 芥川賞作品を斜め読みした。やめた。書店員が売りたいと思わないのだから、やむを得まい。選考委員の池澤夏樹氏が洩らしていたが、「なんでこんなにビョーキの話ばかりなのか?まるで日本全体がビョーキみたい。」という言葉が象徴している。

e-honにレヴューを投稿しておきました。見てね。

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2006年8月 8日 (火)

女性の将来像は?

 うちの店のお客さんの6割強は女性客だろう。e-hon会員の6割は女性なので、未成年を含めれば、たぶんその割合だと思う。主婦とOLさんのお客さんが多いので、品揃えもそのように努力しているのだが、如何せん、おやじは女性に疎いので抜かりが多いと思う。反省しています。もっとも女性客が多いのは、おやじの家系は男系家族なので、囲まれていてとても嬉しい(笑)。大学生になってから、やっとまともに女性と話ができた、という程のうぶなおやじです。

 さて、30代の男性の約半分、女性の3分の1はシングルだから、女性のライフスタイルは変容しているようだ。今、『老後がこわい』を読んでいるが、人生の岐路にある40代、50代の女性は、いかに老後に備え、いかに死ぬかが切実になっている、ということだ。若者だけでなく、その世代のシングル女性も国家・政府によって放置されていることがよく分かる。店でも、女性の方が学習意欲が強く感じられる。嫁はんの長々しい詳細な話を聴いていると、つい結論に走るおやじは、嫁はんに怒られることがよくあります(苦笑)。少し反省しております(全然?)。嫁はんに「寛容やな」と褒められることがありますが、これってほんまは、ドンカンなだけではないのかなあ、とも思います。

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2006年8月 6日 (日)

核で平和は守れない

 今日は広島原爆の日。民間人十何万人を、一瞬にして殺戮する悪辣非道の所業は、許されることではない。ちょっと話題がそれるが、高校生の時、太宰治の作品を読んでいたら、夾竹桃の花が場面に出てきた。余り地元で目にしたことがないので、どんな花だろう、と思っていたら、そのうち分かり、廃墟の広島でいち早く花を咲かせたのが、夾竹桃ということです。大学生の時、原水禁(社会党系)のアルバイトをしていて、広島と長崎に行ったことがあります。武器として核保有、核武装は、被害者側からの立場にあれば、到底許されることではない。核保有も「個人の自由(心の問題)」ですか。またもや、相応しくない要人が広島を訪問している。唯一の被爆国としての日本政府の方針は、「非核三原則」しかありえないのだが、この原則は一体どうなったのだろう。被爆者の無念、辛苦、貧窮、差別などを想像してみたら、今の日本は岐路に立っているのではないか。内政問題は山積して、本来の政治の義務である「経世済民」は放置し、観念的な問題にばかりに論議が集中しているのではないか。心配である。おやじには、テレビや雑誌に頻繁に出ている評論家は、どこかの回し者ではないか、と思ってしまうが、これは思い過ごしだろうか。峠三吉はこう叫んでいる。ちなみに、峠三吉は大阪生まれである。

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2006年8月 5日 (土)

淀川花火の夜に

 コイ・アベで 民の暮らしは 総崩れ

 要人は 違憲の参拝 繰り返す

 花火でも 独り身の人 来店す

 翻訳家 ハリ・ポタ売れて 税逃れ

 守銭奴が 日銀総裁 なっている

 コイ・アベは 天○さしおき 参拝す

 中東に 外遊した後 殺し合い

 学年誌の 前に虫取り 網忘れ

 コンビニに 飛び込む浴衣 少女かな

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2006年8月 4日 (金)

やっちゃった~。

 昼間、HPの誤操作により、上書きしたら前のものが消えてしまいました。そこで、もう一度HPを再構築するために、しばらくブログから離れます。そこんとこ、世路視苦。

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2006年8月 3日 (木)

花火。その2

 昨日の花火の続き。あなたは花火をどのように鑑賞してますか?おやじは、昨年帰省したおり、白馬での花火大会に感動しました。真っ暗な星空の中に咲く花火がきれいということもありますが、寝転んで見る花火は初めてです。エアウェイブの車でしたから、嫁はんと息子は大歓声。首が痛くなる花火でした。派手さはないが、間近のため方々から歓声が上がっておりました。また盆踊りも、子供たちも総出参加し、短い夏を謳歌しているようでした。坂をしばらく上がると、白馬飯店という中華料理屋の味もなかなかで、すこし有名です。花火はどうやら毎年は敢行されていないようです。残念。そして帰阪の中央道は、いつも諏訪湖花火大会で渋滞に引っかかります。

 今読んでいるのは、『女は見た目が10割』です。どこかで見たようなタイトルですが、ちょっと面白く読み始めました。近年は見た目や金や地位やらが持て囃されるが、目の表情だけは誤魔化すことができないという恐ろしい事実があります。どこを見ているのか分からない細いキレ目。濁った魚みたいな目。誰の目か分かりますか?毎日のように、テレビの政治ニュースに出てきているよ。ちなみに、おやじの見た目はメガネザルで、いつも眠たそうな目をしています(笑)。実際、店のバックヤードでよく寝ています。

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2006年8月 2日 (水)

花火の記憶

 体調が悪い。頭が重く、身体はだるい。作業は能率悪し。詰め物の歯も取れ、気力も萎える。悪口を言い過ぎたなあ(泣笑)。また、若者諸君のように、「サイアクー」と言えないのも辛い(笑)。じっと我慢のおやじです。

 大阪は今、夏真っ盛り、花火真っ盛り。昨夜はPL花火大会(世界最大と称される)。5日は淀川花火大会と続きます。田舎者のおやじのイメージでは、花火は恵比寿講の風物詩ですが。離れの二階でコタツに当たりながらガラス窓越しに見た記憶。花火は、一年の働きに感謝し、冬の到来を告げ知らすものでした。いづれにせよ、花火は終わってみれば、余韻と名残惜しさを感じさせます。この夏の思い出に、『夏休み』を読んでみてはいかがですか。

                             

 

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