2010年3月15日 (月)

勝てるのか

20100315160446  凄いです。フキノトウが重石を押し上げて頑張っています。感動です。自分に重ねてそのまま放置して、後日観察しようと思います。勝てるのか。勝ってほしい自然の力です。

 いつの間にか民主党主導の政権で、自・公は自滅しています。そんなことは分かりきっておりましたが、毎日の世論調査では、民主支持が43%への下落の見出しでしたが、まだそんなにあるのか、という実直な感想です。民衆の怒りは激しいな、という思いです。自民党の自滅は、新自由主義の経済政策を採用した約20年前から予想されたことですが、解党への迷走を始めたようです。ところで、近年は中小書店の廃業だけではなく、出版社の倒産が57社に及んでいます。出版業総体の衰退の兆候を示しています。これは、長期の景気低迷、消費者の買い控え、ネット注文の普及などの原因が考えられます。それに加えて、農民がその生産物に値段をつけられないように、中小書店も商品である本に値段がつけられないという問題もある。中小書店が再販制度に守られているということもあるが、責任販売制という手段もあるが、書籍扱いに限れば、買切り制度も導入してもよいのではないか。これを採用すると、中小書店の経営に響くという意見もあるが、むしろ、膨大な倉庫を抱える大書店やアマゾンは窮地に陥るであろう。さらに、購買層を30歳台以下と女性や子どもを主眼にした(壮年期の男性をカット。一番不購買層であるから)書棚構成に変化させる必要があろう。さらに、中小書店のネットワークによる出版業への進出である。良質な本を、大書店やネット通販によらない流通網を構築していくことである。そのためのブックマイスター制度も必要となるだろう。

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2010年3月14日 (日)

ひっそり更新

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2009年3月12日 (木)

オレ様化しているのは誰か?

31503875  今はどうなっているのだろうか。店をやっている時に、クレープを食べながら本を弄っている子どもに注意した所、「食べてない」と頑として認めないことに遭遇して呆気に取られたこと。万引きしても、「万引きしてない」と厳と否定する態度に面食らったこと。「家の子を犯人扱いした」と怒鳴り込んで謝らせようと凄む母親にやむなく陳謝したことなど。一瞬、虚を衝かれて言葉を失ったものだ。時代が変わり、子供も大人も変わったのだな、という感慨と、余裕もなく、自己を維持することに汲々としているのだな、という感想を抱いたものだ。本屋というものは、ある意味では世相の最先端の情報を商売にしていることもあるが(業界自体は旧態依然)、客層が広いこともあって世相が反映する。青少年の多くを客としていることもあり、諸に彼(女)らの動向が測れる商売である。『オレ様化する子どもたち』は、ある識者と目される人が「先進過ぎた」と評した本である。要旨は、①80年代中葉以降、子どもたちがオレ様化してきた、②彼らの特徴は、「私そのもの」への執着と比較の拒否(自分の絶対的特別視・個人的価値観の創出)である、③原因は、消費社会の徹底化である、④だが、教育とは子どもたちを近代社会に馴致させるシステム的な営為であり(p172)、いい教育とはのびのびして厳しい教育である、⑤だから、贈与としての公教育は近代的な市民(国民)形成にかかわるものとして自己限定すべきである、である。オレ様化した子どもには事実確認すらできないし、徒労に終る。(私語など)注意をすれば、人格の全面否定と受け取られる。社会も、彼(女)らを消費主体としての「個」としてしか見ない。その後は、校内暴力・不登校・イジメ・援助交際・学級崩壊・学力低下・ひきこもりなどのオンパレードで、国家主義者どもの憤激の的になる(自分たちがそのお手本であり、原因となっていることにも気が付かないのであるが)。そこで国は、学校や教師批判を繰り出してイジメるという構図(教育基本法の改悪と教員免許更新制度の創設)である。教師批判や日教組批判をする者は信用できない。学校とは社会の縮図になって来ているのである(学校の社会化)。子供たちは商品経済と偏向した情報メディアとコマーシャリズムに晒されている。学校(school)とはもともと社会から隔絶されたもの(scola=暇)であった筈である。一体、誰がオレ様化しているのだろうか。子どもたちだけなのだろうか。

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2008年11月 6日 (木)

必要な議論

20081104184600  幾つになってもトミカやな(笑)。

 地元の本屋(e-hon加盟店である)で、『悩む力』と『老人介護じいさん・ばあさんの愛しかた』を購入した。前者は、図書館で予約しても順番が一向に回らず、痺れが切れてキャンセルして、後者はついで買いである。前者では、老人よ、若者に教訓を垂れるのではなく、生き延びていく自己防衛策を教えよ、というメッセージである。全国の中小書店は、日夜、日々の仕事に追われて考えている暇もない。図書館で、暇にまかせて『出版ニュース』を手に取るが、内的事情に拘泥して、危機感も解決策の模索もない記事で覆い尽くされている。問題意識もなく、横断的な議論もないのだな、と思う。少なくとも議論の場を設定することが急務である、と思うのだ。そりゃあ、本がなくなる訳でもないし、棲み分け的に生き残ると思うが、もっとアグレッシブな動きがないものか。おやじがコタツで本を読み出すと、『ゾロリ』の本を開く息子なのでした(笑)。

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2008年9月28日 (日)

万死に値する

20080927184225  茗荷の粕漬けを賞味いたしました。まずまずのお味で、酒のあてに頂きました。余計、酔いが回ったか(笑)。

 コ○ズミ元首相の引退のニュースを聞き知った。「この野郎、また、逃げたな」と思う。中小商工業者の敵であり、親族を公設秘書にして税金を詐取し、憲法違反の自衛隊海外派兵を挙行し(最高法規の犯罪人)、国民の資産をアメリカに丸投げし、年金・医療の制度改悪などの罪状を頬かむりにして逃げるのは許されない。引きずり出して引導を渡す作業が国民に残されているのである。自分の主張が正しいのであれば、政治家として、再出馬が正しい選択肢である。まだ、引退するには、自分党議員としては、若すぎる。ましてや、自分の選挙区内の、原子力空母の横須賀母港化焦点になっているのにも拘らず、だ。ヒトラーは自殺した。コ○ズミは万死に値する。逃げを許してはならない。こそこそするな。結局、構造改革という名の下での自由主義市場経済は、国民にとって高くつくということを、この所の金融恐慌は証明している。

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2008年9月 3日 (水)

時代の先取り

32092668  今朝のNHKの番組で、「読書の秋 図書館を100倍楽しむ!」という特集をしていた。かつての図書館のイメージである3K(暗い、寒い、限られている?)が、今では開架が広くゆったりとして、調査や助言する司書などのサポートサービスもあり、図書館利用者や貸出本数はうなぎ登りということです。分からない(困った)時は図書館へ、という状況だそうです。赤貧のおやじ自身も、今では図書館利用が頻繁であり、余暇があれば通っています。また、図書館への本の納入は、図書館流通センターという会社が支援しており、地元の納入業者は販売を狭められる状況です。中小書店は、ネット販売で苦戦、図書館からも締め出される(アマゾンの比ではありません)という踏んだり蹴ったりです。これへの対処として、①ブックマイスターとしての資格養成(話題と時代先取りの本の紹介と書店業界のみで流通する本の創出など)、②図書カードの価値の創出(カードは書店に限定されている利点と贈答品としての価値以上のものを付加してゆく)、③総花的かつ雑誌・ムック、コミック、趣味部門の品揃えへの移行、④日書連の改革などが考えられますが、如何でしょうか。おやじの現役時代は、韓流ブームや新書ブームやラノベブームなどを予見しましたが、肉屋の息子が開陳したこの『最底辺の10億人』はあらゆる媒体に書評が寄せられて、品切れ状態です。アフリカブームが忍び寄っています。中小書店業者さんはご存知でしょうか。

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2008年5月25日 (日)

おやじの書店論UP

20080524074702 本日、正式に「おやじの書店論」をリンクUPしました。簡便に書店論の概要をご覧になれると思います。今後、機会をみて、時折、書店論のみを追加するブログ内容に変更する次第です。ご質問、ご批判はコメントか、メールにてお答えしたいと思いますので、宜しくお願い申し上げます。

 芍薬の花が咲き始めました。ご無沙汰して失礼しております。その後のおやじは、職種も変わりましたが(この年齢で?苦笑)、「立てば芍薬」のように(笑)、それなりに暮らしております。以前ほど忙しくもなく、のんびりと生活をしております。本を熟読する機会も圧倒的に増え、本屋を客観視できる余裕もできるようになりました。でも、余り本を購入することは無くなりました。貧乏なのは相変わらずですので(苦笑)。二つ目の理由は、近くに充実した図書館があるので、そこから貸出してもらっています。利便な図書館は、街の本屋さんには脅威です。一度、お近くの図書館を視察されてはどうでしょうか。

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2007年8月 7日 (火)

最後に見た空

20070806172111  年金問題は社保庁問題である、という政府・マスコミ(=コイ・アベ・オタ)の主張はデタラメである。国鉄民営化の時も国鉄労働者の所為にされたが、百年安心プランなどとデタラメを弄して、人間らしい労働を叩き潰す政権党こそ、国民生活を破壊するものです。参院選では国民の怒りが爆発しました(大阪では不発で遅れをとる)。さらに、コイズミを引き釣り出して引導を渡す課題が残っています。働くこと(労働)がこれほど蔑ろにされている時代はない。勤勉性が得意の国民性が喪失され、意味もない観念論が幅を利かす有様を覆されなければならない。「稼ぐに勝る貧乏なし」が逆転し、物品のみではなく、人生までもが消費される有様もまた、問題にしなければならない。働くこと(働く者)の所為にされて、生きにくい世の中になっています。

 八月の 慰霊の前に 座り居る

 核論者の眉 八の字のまま

 長い間、ブログを見ていただいた皆様に感謝申し上げます。ご多幸をお祈り申し上げます。いつの日か。大阪で最後に見た空は・・・。

 どんど晴れぃ。

 

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2007年8月 5日 (日)

花火とは?

000_0441  淀川花火大会を息子と二人で見物しました。息子は、余りにもの人混みで、「もう来たくない」と失望していました。確かに花火は感動ですが、同感の足取りでした。不毛だな、と思います。本当の怖ろしさとは、不毛を不毛とも思わない感性が世界を覆っていることです。つまらない訳知りの物言いが多い中、不快感を覚えながら突き進むのは並大抵の精神では如何ともし難い思いもあります。売りたくもない本を率先して売っていたことも多々ありました。しかし、ただ単に悲観している訳ではないことを念のため申し上げたいと思います。このブログも、あと一・二回で終了します。最後に、このことを指摘したいと思います。長い間の閲覧を感謝いたします。人生において別れは付きものですが、しばし沈潜したいと思っております(「隠れて生きよ」(スピノザ))。政治や思想界では、「混迷と沈滞」を深めておりますが、これはこれとして意義あることと思います。さまざまに見聞したことを別の機会に活用できることを願っております。ブログでは1%も表現できませんでしたが、上辺だけに慰撫されないことを願っております。書店業界についての戦術的な事柄は、メールしてくださればお答えいたします(戦略的なことは大概応えました)。そして、これから・・・。

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2007年8月 3日 (金)

第三の道

20070801171959  ご馳走さまでした。京都・祇園の某有名茶寮で、嫁はんと二人で(内緒)、小豆ののった抹茶かき氷を食べました。ぺろり。でも、かき氷だったら、暑い中をガシャガシャっと食べたくもあります。

 書店論その46。阪急京都線(学生が比較的多い)に乗ってみても、読書しているのは専門雑誌を開いている者一人、英語辞書を暗記している苦学生(久しぶりに拝見した)一人、単行本を手にしている何処の大学の先生だけでした。いかに本が読まれていないかを象徴しておりました。携帯に食われていました。これは、芥川賞・直木賞にも象徴されています。売れない作家が選考委員をして、売れない本が受賞して書店に垂れ流されるという事態は、中小書店には負担でしかありません。売れなくされた書店は結束して、書店だけで流通して、例えば、本屋大賞などの書店独自の文化を作り出す出版事業に乗り出してはどうだろうか。それも、可能な限り若手を起用して。単独では抗しようもないから。出版流通業界は、何十年も変わっていません。(中小)書店の、書店による、書店のための事業展開で、新たな文化の創出を目論んでみる時期に来ているのではないか。座して死を待つよりは・・・。以下、続く。

 

 

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